昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
雪の降る冬の日。おじいさんは街へ薪を売りに行く途中、罠に掛かってしまった一羽の鶴を見つけました。
おじいさんは可哀想に思って、鶴を罠から逃してあげました。
その日の夜のこと、激しく雪の降り積もる寒い中、おじいさんとおばあさんの家に美しい娘が訪ねてきました。
行くあてもなく道に迷ってしまったので、一晩だけでも泊めてほしいと娘は言いました。
おじいさんとおばあさんは快く家に招き入れ、娘は何日も続く雪の間、甲斐甲斐しくおじいさんたちのお世話をし、おじいさんとおばあさんはたいそう喜んだのでした。
そんなある日、娘は「布を織りたいので糸を買ってきて欲しい」と言いました。
おじいさんが言われたとおり糸を買って来ると、娘は「絶対に中を覗かないで下さい」と部屋にこもり、それから三日三晩、寝ずに一反の布を織りました。
「これを売って、また糸を買ってきて下さい」と娘は言いました。
綺麗な布はすぐに売れて、おじいさんはまた、娘に糸を買ってきました。
すると娘は「絶対に中を覗かないで下さい」と、再び部屋にこもりました。
それにしてもあんな綺麗な布、どのようにして作っているのだろうと、おじいさんとおばあさんは好奇心に負けて、部屋を覗きました。
そこには娘の姿はなく、代わりに一羽の羽根の抜けた鶴がいました。
鶴は、自分がおじいさんに助けてもらった鶴であることを告げて、正体を見られたからには去らねばならないと言いました。
おじいさんは、そんな鶴を撫でるように触り、こう言いました。
「君は、商売というものを分かっていない。」
「えっ?」
鶴は驚いて豆鉄砲を食らったような顔をしました。
「布を売るんじゃない、ストーリーを売るんだよ。」
罠から助けてもらった鶴が恩返しにと、自らの羽毛を織り込んで作った美しい布は、たちまち街で「いいね!」と評判が広まります。
おじいさんの元へは連日、バイヤーからの問い合わせが殺到しました。
人々の、鶴の織った布への関心は冷めるどころか加熱するばかりです。
「日焼けしたらローストチキンよ」と鶴は自虐しながらも少しづつ、少しづつ、希少で美しい布を織っていきました。
布は、街で売るたび高値が付きました。
そんな中で、おじいさんの元を訪ねて来た一人の男が声を荒げています。
「あんたはあの布の価値が分かってない!」
「鶴の織った布は、プロダクトじゃなくてアートなんだよ!!」
男の話はこうでした。
布は、たいへん希少価値の高いもので、おじいさんが街で売るのは不当に価値を下げていると。
本当の価値はもっと高いはずであるから、男が運営するオークションに出品したいのだそうな。
男は、落札価格の3割を手数料として貰うが、うち1割は、布を織るために傷んだ鶴の肌の治療費に当てると言います。
「これは鶴へのチャリティーである」と男は言いました。
「羽根が無くなって、もうしばらく織れないかも」と、鶴が織り終えた三枚目の布は、早速男の開催するオークションへ出品されることになりました。
自分の身を文字通り削って出来たという鶴の織った布は、評判も相まって富裕層の心を鷲掴み。
チャリティーを兼ねるとあらば慈悲の気持ちでエントリーは加熱し、価格はみるみるうちに上がっていきました。
オークションが始まって以来の高額落札価格に、参加者一同スタンディングオーベーションの拍手喝采。
鳴り止まぬ拍手の中を、会場に招かれた鶴は痛々しい姿を簡単な布で覆いながら壇上へ上がり、主催者と、そしておじいさんとおばあさんと、優しく肩を寄せ合いながらお辞儀をしました。
鶴は、オークション参加者の伝手で鳥類に強い獣医を紹介してもらい、しばらく治療に専念することにしました。
羽毛が抜けた鶴の身体には、街でおじいさんが買ってきた柔らかい生地の服が着せられ、おじいさんとおばあさんは毎日面会に来てはあれやこれやと孫を可愛がるかのように、鶴の世話をしたのでした。
おしまい。
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