そう遠くない近い未来の東京。
人工知能は産業ブームの流れに乗って急速に発達し、実生活に浸透していった。
冬の寒空の下、商社に勤める男は今日も接待で遅い帰宅となった。
「頭の良いヤツが生き残る」
男はこの世界の変化を読み、人工知能に奪われない、高付加価値のある職業を選んで就いた。
誰でも出来るような仕事も、頭脳労働とはいえコモディティ化した安いITの仕事も眼中に無く、ひたすら勉強をして良い大学に入り、人脈を広げ、優秀な人間として人望も厚かった男にとって、エリートとしての道を歩む事は必然だった。
スマートフォンでタクシーを呼ぶと、まもなく誰も乗っていない車が目の前に止まる。
この時代のタクシーは無人の自動運転が主流となっている。スマートフォンで呼び出せば、登録してある自宅まで何もせず運転してくれる。支払いはクレジットカードで決済されるので、煩わしいことは一切ない。
機嫌の悪い運転手、耳の遠い運転手、道に疎い運転手、男にとって一日の終わりに疲れを増大させるような人間は車内にいない。
男は車窓から後ろへ流れるLED街灯をぼんやり眺め、この無駄のないスマートな世界で勝者でいられることを噛み締めていた。
「頭の良いヤツが生き残るんだ。」
男を乗せたタクシーは、大きな道路をひた走り、左折して街道を一直線に抜ける。
車窓から見上げる空には高層ビルが続いている。
タクシーは緩やかに左折する。
男は、遠回りに運転されていることに気づいていない。
男は、この道順が、コンピューターによって最適化されたものと信じきっている。
世の中はITの、人工知能の発展によって無駄が無くなり、冴えない運転手がいる時代よりも最適化されているものだと信じて疑わない。
「頭の良いヤツが生き残る、事実、俺は頭が良い。」
人工知能は、大量のデータを分析し、パーソナライズされたサービスを提供する。
30代、独身男性、商社勤務、年収推定○万、都心部在住、山ばかりの田舎出身、ショッピング履歴から高額商品の購入が多く、返品はないので金払いは良い。閲覧したWEBページの傾向からプライドが高い層と判断、気分が良くなるように高層ビル群を迂回させるルートに設定。
タクシー会社は、通常よりも高額な運賃を徴収していた。
今日も誰がネギを背負った鴨なのか、ビッグデータの処理は24時間365日、疲れることなく続いている。
そう遠くない近い未来。
本当に頭のよいヤツは、一体誰なのだ。
本当に頭のよいヤツは、一体誰なのだ。
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